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まちかど寸劇、終わりました
まちかど寸劇HAPPY

 第4編「Happyな計算式」は京都橘大学の校舎の廊下で。この写真はリハーサルの時のものだが、本番では廊下の壁の両側にお客さんが座布団を敷いてずらっと座ってもらった。
 そうやってなんとか終了したまちかど寸劇。雨によく降られたのだが、雨だったからこそ貴重な公演だったという者もいて、雨降りのなかレインコートを着て野外ですることなんかそうそうにないということだが、確かに僕らにとっては良い体験だが、遠くから来ていただいたお客さんには申し訳なくて。天候はこちらではどうしようもないのだけれど。
 楽日の23日は午前11時から第3編があってそれが20分ちょっと。それから第4編の午後3時30分まで4時間くらい空くのだが、このあいだの過ごし方をお客さんはどうしたのだろう。僕の知人は山科という場所までの遠さや空いた時間の過ごし方に困惑していたが、たとえば次の会場までゆっくり歩きながら知らない町を知ること。そのような発想をもっと促すことができればさら充実してくるにちがいない。まあそれも雨では難しいことかも。

 街角でパフォーマンスをするときには散漫になる観客の注意をいかにひきつけるかがポイントで、今回は通りすがりの人ではなく集まってくれた人を対象にしていたからまだ救われたと思うが、石本のギターとハラダリャンのパワーは特に演出として有効だった。普段創作している室内の劇場では観客と創り手が披露する者とそれを観る者であるという関係(ルール)が前提とされていることを再確認した。野外では観客はすぐに立ち去ることもできる。そのような状況で観客をひきつけるためには仕掛けが必要で、今回はそれが石本のギターとハラダリャンのパワーだった。逆に言うと、室内の劇場で同じ作品をするときにこの両者が必要とされるかどうかは再検討されるはずだ。もちろんそれは両者の能力がどうかという問題ではなく、生の音楽(ギター)と物語を突き破るパフォーマンスが必要とされるかどうかの問題。演出というものが、観客と舞台との関係のあいだで成り立つものだということはなかなか気づくことができないのではないか。たいていの演出はアーティストがただやりたいだけということでなされるが、それが成功するかどうかは客席とのあいだでどういうルールが成り立ってるのかによる。たとえば観客席に水をまくとか舞台上で全裸になるとかが「アートですから」だけでは済まされないのはなぜかという問題。これもまた考えていこう。
 とにかく勉強になった。小暮先生、制作の小鹿さん、場所を提供してくれた方、役者のみんなとエキストラの方、企画に関わってくれた多くの学生たちなどみなさんにお礼を申し上げたい。今年の大きな山はそろそろ越えつつある。一つ目はみらいの会の「なみのうた」、二つ目はこの「まちかど寸劇」、あとはもう一つ。市民劇の脚本。最後の山ももう少しです。

noartnolifenewものかき
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まちかど紙芝居、まちかど寸劇が上演を終えました! お越し下さったみなさん、ありがとうございました。レポート&写真は近日アップしますが、ぜひみなさんのコメントや感想をトラックバック orコメントして下さい! 上演が終わるやいなや、現在アーカイブ資料づくり
学祭で、まちかど芸術。盛況でした !! | まちかど芸術 | 2005/10/27 14:52
4時に目が覚めて、まだちょっと早いと思う。 5時すぎにおき出して、友川かずきを聞く。ゴールデン☆ベストというやつ(いくつかあったCDが見当たらないので、とりあえず最近買ったもの。でも、少年老いやすく、がくっとなりやすし、がないのが寂しい)。 この秋田のフ
もう、朝に日録を書いてしまったね 今日はまちかど芸術最終出動! | こぐれ日乗 50さいから いんきょの じゅんび ろうがん... | 2005/10/27 14:51