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『王様』創作ノート2

わたしは三年前に父を亡くした。
実家がある福岡の病院で。わたしが見舞いに来るのに母や弟も時間を合わせられて家族全員が揃った。当時は盆や正月にも家族全員が揃うことはなく、わたしはちょうど韓国に一年滞在していたこともあったし、久しぶりに家族全員が集まる狭い病室だった。なんということもない話をして、父はそれで気が緩んだのか、痛み止めのために眠る薬を点滴されてそのまま息を引き取った。わたしは幸いにも死を看取ることができたのだが(看取るというよりそのまま息が無くなっていくのを、呼吸が止まるまでを耳を澄まして聞いていただけだった)、 父が眠りに入る前、結果として最後になる父のことばを聞き取ることができなかった。唇の動きからすると何か一言。「がんばれ」とか「元気でな」とかその程度のことなのだろうが、それを聞き取ることができなかった。わたしは何度か聞き返したし父も伝えようと反復したのだけど、父のことばはもう何かを言おうとする声でしかなく、わたしも父も諦めたのだった。

もともと寡黙な父だった。空手の有段者でいざとなれば負けやしないという自信が小柄な身体に存在感を与え、だから饒舌であることは無用であるような、そういう父だった。くどくどと説教されたこともないし、わたしも自分の話をじっくり聞いてもらったこともない。健康と金銭のことは心配してくれていたが、二人きりになっても沈黙であることが多かった。そういうことだから、父が最後に言ったことばは何だったのかは聞いておきたかったなと、当時は漠然と思った。

父が亡くなり、それでもいつもの日常はすぐに戻って来るのだろうと思っていたが、意外にも残された家族の混乱は続いた。家族のなかにあって特に強権を振るっていたわけでもない父が、ただいないというだけで、残された家族は道に迷い込んでしまったのだった。このとき「父」とはなにかを考えることが多くあったが、それにはまだ結論は出ていないし、その思考の過程がこの作品でもある。


わたしは今年父になった。
息子はまだことばを話さないしわたしのことばも理解しない。しかしそれは時間の問題だ。そのうちに彼はなにかしらことばを発するようになるだろうし、わたしとの会話も可能になるはずだ。今「はずだ」と書いたのだけれどそれは本当にそうなるだろうかという思いが一方にもあるからだ。彼が思春期になって程度の差はあれ取るだろう反抗的態度のことを言っているのではない。他者とのことばのやり取りは(「対話」と言ってもいいが)、それは意思疎通の完了をもって収束するのではなく、お互いの信憑性を信じおよその了解が可能になるときに収束するのだけれど、血のつながった親子でも例外ではないということを実際に子を持って考えたときの不安。死の間際でなくても、わたしのことばはただうめいている声だけで、息子はいつまでも聞き取れないのではないかという予測。

それは、わたしが息子に接しているときに、ふとその接し方が、自分の父がわたしに接する時のそれを知らず知らずのうちに手本にしていると思い至ったからだ。父になるのは初めてのことだし「父とは何か」を実生活の場所で考えれば、まずは自分自身が父から接せられたときのことを思い出すのは自然なことではある。それでは果たして、わたしは幼少の頃抱いていた父への怖れを、自分の息子にも与えることになるだろうか。それを罪というには大げさだと思うけれど、そのようにわたしは父の罪を自らが父になることで相続するのだろうか。

わたしの父がいま生きていれば、父として振る舞うことについて(もちろん具体的な話として)問うことをしたかもしれない。が、わたしはもうそれを問うことはできないし、なによりわたしは父のことばを聞き逃したままだ。

カフカに『判決』という短編があって、ある男が父と対話していて、しだいに父に責められ、ついには死を命じられると男は家を飛び出して川に飛び込むという話だ。父と息子の対話の行き先がどうして息子の自死になるのか、そして父についても判決を言い渡して息絶えたように描かれているが、この命をかけた対話の意味するところをわたしは十分に理解していない。それにも関わらずこの決着にはとても納得がいっている(カフカの中でも好きな話のひとつだ)。『ハムレット』はともかく、『判決』が今回の作品にどのように影響しているのかはわたし自身でも分からないけれど、戯曲の構想を練るときに、なにかの助けを求めるように読み返した。わたしには父の最期の命令は下らなかった。聞き逃したからだ。さすがに死ねと言われてはいないだろうが、それでもだ。

そういうことだから、父の死から三年経った今頃になって、あの聞き逃したことばのことが気になっている。

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