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わたしたち生きる者の旅には、つねにすでに死者を伴っている

七ツ寺プロデュース第15弾『あの小舟ならもう出た』
2011.3.10-13@七ツ寺共同スタジオ(名古屋)
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かつて書いた『旅行者』の続編をと思い描くうちに、わたしたち生きる者の旅には、つねにすでに死者を伴っているではないかという視点が加わり、『旅行者』の素朴な続編には収まらない作品になった。

いまの地震でさまざまな報道があり、ショッキングなことはいくつもあるが、わたしが特に胸を締め付けれる思いになるのは、どこそこの浜に遺体が千、二千と打ち上げられているというものだ。あの厚かましいテレビ局の取材もその打ち上げられた遺体の様子は映さない。回収もされず身元の確認もされず(もちろんそれは怠慢からではなくしようにもできないからだ)、浜辺で遺体は孤独に横たわっているのだろう。家族や友人知人、恋人が探し求める声にも応えられず、静かに眠っているのだろう。余震に揺らされることはあっても、その静寂が破られないことを祈るばかりだ。そして探し求める人々と再会できることを。
地震による災害はいまもなお進行中で、原発の事態は刻一刻と変わり続けている。先週末は七ツ寺企画プロデュース『あの小舟ならもう出た』の名古屋公演で、地震が起きた時間は本番二日目の夜公演に向けて稽古をしているところだった。

今週末は京都・アトリエ劇研にて公演をする。俳優とスタッフが揃っていて、劇場の機構と設備に問題がなければ開場する。そして観客が一人でも来るならば、予定通りに開演する。災害やトラブルがあろうが無かろうが、昔からわたしはそうしてきたし、これからも変わらずそうしていきたい。わたし自身、深く記憶に刻まれる作品になるだろうと思う。小舟というほど小さな船ではなくなったが、海をわたる船の客室を舞台にした90分の作品。ぜひご覧いただきたい。

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以下はパンフレットに掲載している文章。

<以下、文章>

帰郷する人たちのこと

韓国の木浦(もっぽ)という港町を訪れたことがある。そこは朝鮮半島の南西部の端にあって、南東部にある港町・釜山(ぷさん)とは対照的だ。人口も経済規模も小さく、寂れた雰囲気がそこかしこにある。わたしはその港が見下ろせる高台の公園で、何も考えることなくずっと座っていた。根拠のない郷愁といえばいいか、そういうものを感じながらただ港を見ていたのだった。半世紀以上前、その港にも敗戦で本土に引き上げる日本人が集まったという。その前日までは支配する側の者として異郷の地で生活をし、翌日には逃げるように、あるいは追い出されるように港を出る。彼らはどのような心持ちで船のなかにいたのか。混乱のなか、何を望みとして思い描いたのか。そうした想像が本作の出発点であったことは間違いない。
一方で、フランツ・カフカの、未発表で中断する物語『狩人グラフス』との出会いも必要だった。湖のある町に小舟に乗ってたどり着いた男の死体が、出迎える市長と対話するというもの。死出の旅へと導くはずの小舟が舵取りを誤ってその町にやってきてしまったらしいが、物語は二人が対話を始めたところで中断している。
死者は、わたしたちから離れていく者にほかならない。葬式が終わって焼かれ骨壺のなかに入れられ、墓の下に置かれる。その姿や声はわたしたちの記憶のなかだけに残り、しだいに薄れる。記録に残っていたとしても、記録に残したことが忘れられていく。どのみち遠ざかる存在に変わりは無いのだ。その死者が、もちろんそんなことはありえないのだけれど、誤って訪れたときにわたしたちはいったいどのようにして出迎えればよいのか。
死者の旅を帰郷と名付けてよいのかはよく分からないが、生きている者たちの帰郷と重ね合わせ、あるいは交わらせるところで今回の劇世界を立ち上げようとした。その道を過去にどれだけの人が通り、そこにもここにも行き倒れた者はいただろうと考えると軽い眩暈を覚える。その感覚を大切にしたかった。また、旅する人々の物語を書こうとしたのだけど、結局「人生は旅だ」などという口に出すのも恥ずかしい例えに回収されて終わるのが嫌で仕方がなかった。

田辺 剛

<以上、文章>

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